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2005.10.25

音楽が生まれるとき

「たかが音楽。いつでもやめられる」というポール・サイモンの言葉に反応して、わが師匠 さだまさしはNYへ行ってポール・サイモンに何故そんなことを言ったのかと詰問をしに行ったというのは界隈では有名な話。
そんな質問に彼はこう答えたと言っている。

「マサシ。音楽は常に過去に向かって進行しているんだ」(たしかライブで聞いた)
また別な場所(TV)では以下のようにも言っていた。
「音楽というものは生み出した瞬間にもう終わっているんだ」
音楽というのは そんなに大騒ぎするほどの価値のあるものじゃないよ。
音楽っていうものは 生み出した瞬間が音楽であって、例えばそれを音盤に定着させたり 再現したりするライブ こんなものは音楽に付属しているものなんだ と。

サウンドオブサイレンスを世に送っただけのある主張だし、作曲している人の考えだと思う。
だけれどもplayerから見る(見える)音楽の目線が入っていないのではと思うことがある。
playすることが過去をなぞったり追いかけたりだけではあまりにも淋しすぎる。

演奏者にとってもスコアを見て頭の中でどのように演奏するかをイメージするその瞬間に音楽が生まれているのではないだろうか。それが音楽する(music)ということなのではないかな。
だからいつも演奏したりCDなんかで何回も曲を聴いているとイメージがすこしずつ変わってくるけどそれは自分の中で音楽の時間が経過しているのだと思いたい。

そしてイメージに近い音を出すために練習を繰りかえす。
誰一人として同じ音は出せないけれども、イメージを共有・共感することはできるはず。

風花のruruさんの同じひとはいなんだよへトラックバック...したかったんですがどうもできないみたい。

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